大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和57年(オ)1023号 判決

上告人

株式会社

福岡銀行

右代表者

山下敏明

右訴訟代理人

立石六男

春山九州男

被上告人

株式会社辰村組

右代表者

中側尚英

右訴訟代理人

松村昭一

主文

原判決を破棄する。

本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人立石六男、同復代理人春山九州男の上告理由第一について

所論の点に関する原審の事実認定は、原判決挙示の証拠関係に照らして是認することができ、その過程に所論の違法はない。そして、原審が確定した事実関係のもとにおいて、本件振込指定の合意により被上告人が上告人に対し、所論の振込をすべき債務を負つたとはいえない旨の原審の判断は、正当として是認することができる。所論は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定にそわない事実を前提として、原判決を論難するものにすぎない。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同第二について

本件記録によると、(一) 第一審において、上告人は被上告人に対し、(1) 不法行為に基づく損害賠償として三九六六万五四〇〇円並びに内金三〇〇〇万円について昭和五四年七月二日から、内金九六六万四五〇〇円について同月一一日から各完済まで年一四パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める請求(以下「不法行為に基づく請求」という。)と、(2) 債務不履行に基づく損害賠償として二三三一万五一〇〇円及びこれについての同年一〇月一三日から完済まで年六分の遅延損害金の支払を求める請求(以下「債務不履界に基づく請求」という。)とを選択的併合として申し立てたところ、第一審は、債務不履行に基づく請求を一三九二万〇一〇〇円及びこれについての右同日から完済まで年六分の金員の限度で認容し、上告人のその余の請求を棄却する旨の判決をした、(二) 右第一審判決に対し、被上告人が控訴の申立をしたが、上告人は控訴及び附帯控訴の申立をしなかつたところ、原審は、債務不履行に基づく請求のみがその審判対象であるとしたうえ、右請求は理由がなく棄却すべきであることのみを理由として、第一審判決の被上告人敗訴の部分を取り消し、右部分につき債務不履行に基づく請求を棄却していることが認められる。

しかしながら、原告が甲請求と乙請求とを選択的併合として申し立てている場合、原告の意思は、一つの申立が認容されれば他の申立はこれを撤回するが、一つの申立が棄却されるときには他の申立についても審判を求めるというものであることは明らかであつて、この意思は、原告が併合形態を変更しない限り、全審級を通じて維持されているものというべきであり、選択的併合の申立が訴訟法上適法なものと認められるべきものである以上、原告の意思に右のような内容の効力を認めるべきものであるから、甲請求につきその一部を認容し、原告のその余の請求を棄却した第一審判決に対し、被告が控訴の申立をし、原告が控訴及び附帯控訴の申立をしなかつた場合でも、控訴審としては、第一審判決の甲請求の認容部分を取り消すべきであるとするときには、乙請求の当否につき審理判断し、これが理由があると認めるときには第一審判決の甲請求の認容額の限度で乙請求を認容すべきであり、乙請求を全部理由がないと判断すべきときに至つてはじめて原告の請求を全部棄却しうるものと解すべきである。

しかるに、原判決は、前示のように、第一審判決の被上告人敗訴の部分を取り消し、右部分について上告人の債務不履行に基づく請求を棄却すべきものとしながら、不法行為に基づく請求については、これを棄却した第一審判決に対して上告人から控訴及び附帯控訴の申立がないとの理由のみをもつて原審の審判対象でないとし、その当否について判断をしていないが、右原審の判断は、選択的併合訴訟における控訴審の審判対象についての法令の解釈適用を誤つた違法なものというべきであり、その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。したがつて、論旨は右の違法をいう趣旨において理由があるから、原判決を破棄し、不法行為に基づく請求について審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととする。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(中村治朗 団藤重光 藤﨑萬里 谷口正孝 和田誠一)

上告代理人立石六男、同復代理人春山九州男の上告理由

第一、工事請負代金の金融機関取引口座振込契約(以下単に振込指定契約という)についての原判決の事実認定及び当該契約の解釈には経験則違反ないしは、採証法則の適用を誤つたか、又は審理不尽の違法があり、これは民訴法三九四条或は三九五条六号の理由不備にあたるので破棄されるべきである。

振込指定の方法を債権担保目的に利用する場合の要件の一つとして「振込人としては指定された振込の方法によらないで直接取引先に支払つてはならないこと」も振込人に明示され合意の内容とされなければならないと、原判決は判示する。しかし、取引先への直接支払の禁止は、とりもなおさず振込指定契約が単なる代金支払方法の特約にとどまらず、債権担保を目的とした契約としての意味を持つことの反面の内容であつて、少くとも振込指定方法の変更には銀行の承諾を要する。との特約がある振込指定契約においては明文がなくとも当然に直接支払の禁止の合意の存在が導かれるのである。なぜなら取引先への直接支払が禁止されないならば、そもそも債権担保の目的として機能する筈がないからである。要するに、債権担保の目的であることの合意と直接支払の禁止の合意は裏腹の内容で重複するものであるから、格別に直接支払の禁止が明示されなくとも契約の効果に影響を及ぼさないと解するべきである。

次に原判決は、振込指定契約が振込人である被上告人に対して合意の内容に従つた振込をなすべき契約上の債務を生ぜしめる要件の一つとして要求する、債権担保目的利用の明示の説明若くは、合意が甲第四号証の文言上はもちろん、合意の際もそれに至る交渉の経過においても認められないと判示する。

しかし、そもそも債権担保の目的がないのであれば、甲第四号証のような書式を利用する必要はないのであつて、甲第四号証の文言上も上告人の同意なくしては、支払契約の変更ができないことが明示され、対象事項も支払方法も支払期間も明記された上に、但書で「請負人の責に帰する工事発注者に与えた損害については、その損害額を差引いた残額を振込むものとする。尚、公租公課及び優先債権の差押を受けた場合は、支払うべき工事代金より差引いて振込むものとする」ことまで明記されているのであつて、甲第四号証の文言上債権担保の目的の振込指定契約であることが認められるか、若くは容易に推察される内容である。

その上これが債権担保の目的であることは、当初貸付金額が高額になることに顧み本件工事請負代金の上告人への債権譲渡を上告人及梶原建設から申入れたが、被上告人福岡支店長坂本浩二に前例がないことを理由に断られた為に、次善の策として振込指定の方法を申入れたのであつて、このことは梶原建設専務宮崎健、上告人添田支店の支店長代理野内秀典から被上告人福岡支店長坂本浩二に、はつきり説明されているのである(宮崎健の原審証言調書四六項、野内秀典の原審証言調書八九項、同一〇三項)。当の坂本でさえも先ず当初、債権譲渡の申入れが梶原建設の宮崎からあつたことを認めているのである。(同人の原審証言調書四〇項、一三五項、もつとも同人は債権譲渡の譲受人が誰れであるかも、その理由も聞かなかつたと証言しているが―同一三九項―これは明らかに不合理、不自然であつて、とうてい措信できない。)

以上の通りで債権担保の目的であることは振込指定契約の際、被上告人福岡支店長坂本浩二に明示されていたし、同人はこのことを知悉していたのである。しかるに原判決は乙第一六号証(堀内仁の甲第四号証に対する回答書)にひきずられ、この不明瞭極まる坂本証言のみを一方的に採用し、これに反する宮崎健、野内秀典、河部忠生の証言を一方的に排斥しているのである。右事実認定及証拠判断は、明らかに採証法則を誤つているか、経験則に違反している。

更に原判決は乙第一六号証をうけて、送金振出の約束手形による振込という概念は、為替制度の事務手続上許容する余地がないのに、この点に留意することなく振込指定契約が結ばれていることを上告人の主張を否定する理由の一つとして掲げておる。しかし被上告人と梶原建設間の工事請負代金の支払方法が現金四〇%、手形六〇%と約定されていたとしても、本件振込指定契約により被上告人は四〇%分の現金を約定の支払期日に振込送金するとともに、六〇%相当の手形分をなさしめた被上告人振出の手形を上告人に交付して、梶原建設の口座に入金するかのいずれかの方法をとるべきことになるのであり、そのいずれの方法をとるのも可能且つ容易であつたものである。振込指定の概念の中に送金人振出の約束手形による振込みという概念を許容する余地がないとする原判決の判断は、単に他の金融機関を通じての振込みは現金に限られるという観点からだけのものであつて誤りである。約束手形による振込みという概念が認められないとしても、現に出来高の四〇%は現金で支払われることになつているのであるから、そのことを理由に本件振込指定契約の担保的効力を否定するのは証拠に基づかない独断であつて、経験則に違反する。

第二、原判決は、上告人は不法行為に基づく損害賠償と債務不履行に基づく損害賠償の両請求を選択的に併合して訴を提起しているところ、右不法行為に基づく損害賠償請求は原審(即ち第一審)で棄却されたにも拘らず、これに対して控訴又は附帯控訴の方法で不服申立をしていないから控訴審では債務不履行に基づく損害賠償請求についてのみ判断するとして、不法行為に基づく損害賠償請求については判断をしていない。

原判決の右部分の判断は、上告人の主張についての判断を遺脱した違法があり、これは民事訴訟法第三九五条六号の理由不備に当たることが明らかであるから破棄されるべきである。

即ち上告人は

(1) 被上告人は事実と相違する内容の工事出来高証明書を作成し、訴外梶原建設が右出来高証明書により上告人から融資を受けるものであることを知りながら、あえて工事請負代金の振込指定契約を締結し、上告人をして右出来高証明書が事実に即して記載されていたならばしなかつたであろうところの貸付を梶原建設になさしめたから、これは被上告人の不法行為を構成するので、右損害の賠償を請求する。

(2) 被上告人は前記振込指定契約に違反して梶原建設に直接代金を支払つた。上告人は被上告人の右債務不履行により損害を被つたので梶原建設に直払いをした金額と同額の賠償を請求する。

というものである。

そして右二つの請求権は並列的、選択的請求であると主張している。即ちこの二つの請求権は相互に他方の請求権が認容されることを解除条件として申立てられているのであり、これに対し第一審判決は債務不履行責任を採用し、請求額の一部を認容しているわけである。

そうすると上告人は並列的、選択的請求とし、右二つの請求について順位を同列と指定しておるのであるから、上告人において結果として一部認容のその認容額を受忍する限り上告人の請求は満足されているのであつて、控訴の利益があるか否か甚だ疑わしいといわなければならない。

これを事実に即してみても、上告人の請求を基礎づける社会的な事実は被上告人の不法行為もしくは債務不履行により訴外梶原建設に対する貸付金と同額を限度とする損害を上告人が被つたというものであり、金銭的請求権としては、実体法上も一個しか是認されない場合である。

他方、控訴審で不法行為責任をめぐる議論がなされていないのは、控訴審での関心が専ら振込指定契約の被上告人に対する拘束力の範囲に集中したからに他ならず、右両請求権が相互に条件づけあつたものであり右関係は控訴審においてもそのまま継続されていると解しなければならないことは明らかであるから、もし控訴審において債務不履行責任を否定する場合には他方の請求権である不法行為請求権についても控訴若くは附帯控訴の申立がなされているか否かに関わりなく判断を加えなければならないことは理の当然である。

仮にそうでないとしても、右両請求が相互に条件づけあつたものであることは記録上明らかなのであるから、もい控訴審においてその点で疑念があるのであれば須らく釈明権を行使して、上告人の真意を確める義務があると考える。さもなくば、上告人としては再訴も禁止されるのであるから、一方的な不意打ちにあたり、衡平の原則に反する。

よつて上告人が明確に主張している不法行為請求権について判断の対象としなかつた原判決は、判断遣脱の違法を犯しているか、少くとも釈明権の行使を怠つた結果、審理不尽の違法を犯したものであつて、破棄されるべきである。

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